vol.64 2004年 11月26日  『ゆったり暮らせば』 第36回

産経新聞 平成15年(2003年)12月11日 木曜日 12版 16頁
ゆったり暮らせば 第36回
〜”お役ご免”のあと〜
仲間をカモ肉にするわけには・・・


 アイガモ農法から学んだことは、山ほどあります。農家二年目の昨年、ピッコリーナのエピソードもそのひとつです。ある朝飼育箱をのぞくと、もともと身体が小さかったメスのチビ子が、押しつぶされたのか足がびろろ〜んと伸びてうずくまっていました。「ぎゃっ! 死んじゃう」。とりあえずお風呂の浴槽に浅い水場と丘を作って移して師匠に聞くと、「あるんだよね、それ。でも一羽にして二、三日すると、けっこう治るよ」と冷静です。回復を祈るだけではもの足りず、画数を調べてピッコリーナ(おちび)という名前をつけ、仲間と見守りました。驚くことに師匠の言うとおり、三日後には山場を越して立てるようになりました。リハビリは、すでに仲間が田んぼへ旅立った後の大きな飼育箱。友人に頂いたモモンガのぬいぐるみをわらの寝床に置くと、ぴったり寄り添って寝ています(カワイイ♪)。カモは群の動物なので独りは寂しいはず。「すぐにみんなに会えるからね〜」。

 毎日百匹以上の虫を採ってあげたせいか、無条件になついたピッコリーナ。いよいよ田んぼへ放すと、先輩たちにやや遅れ気味に動き回っていましたが問題はなく、みんなをほっとさせました。そしておチビは変わらぬものの、その後の成長は私たちの予想をはるかに超えるものでした。ヒナの時に身体が弱そうな子が駄目とは限らず、それどころか反対のこともたくさんあって、つくづく生命のたくましさに驚かされます。

 そんな風に愛情込めて育てたカモたちですが、もっぱらの話題は「お役御免のあとどうするの?」でした。稲の穂をついばむ前の八月ころ、かわいそうだけれど、成長したカモたちを田んぼから出さねばなりません。来年働いてもらうには大きすぎるのです。最初はプロに料理してもらおうと思っていたのですが、想像以上になついてしまったので、それはとうてい無理でした。呼ばずとも全力で追いかけてくるカモは、餌につられているだけではありません。ヒエ取りをしていると、縦横に足の甲に乗ってくるし、小屋の掃除の時はまとわりついて、肩や背中に乗ってきます。一瞬ですが、ヒョイと手乗りカモにもなる子もいます。彼らはコミュニケーションが大好きなのです。名前をつけたのが分かれ道だったような気がしますが、私は面倒を見始めてすぐに決意。「愛玩用として育てて出荷はしないぞ!」

 私たちのこの身体、たくさんの命のおかげで維持しているのも、「農家なら出荷が当然」という意見も承知です。けれどピッコリーナのような仲間をカモ肉として出荷する気ははなれず、ペットとして飼ってくれる人を探すことにしました。周りのアイガモ農家にもそんな人が幾人かいて、口コミで譲っているというのです。さ〜て、これがまた、大騒ぎの元となって・・・。

すっかり回復して、いよいよ田んぼデビューのピッコリーナ=平成14年6月、静岡県富士宮市根原の自宅

 
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