産経新聞 平成15年(2003年)9月25日 木曜日 12版 22頁
ゆったり暮らせば 第25回
〜自然が呼び寄せる〜
カメラマンも野鳥観察家も
私がホレた朝霧高原は、東京から車で一時間半の観光地です。主要道路の国道139号は、土日ともなれば恐怖の大渋滞となりますが、「連休中は家を出るな」さえ守れば、国道からちょっと離れたここは、驚くほど静かな牧草地帯。その自然を求めていろんな人がやってきます。
もっとも多く見かけるのは、カメラマン。富士山は三六〇度どこから眺めても絵になる山ですが、山頂から朝日が昇ると「ダイヤモンド富士」になり、夕陽が沈むと「赤富士」になる西側は、実にオイシイ場所です。夜中に車を止めて日の出の瞬間を待つ人の数たるや! 「温かい珈琲にお茶はいかがですか〜」と売り歩いたらもうかるだろうなあと、いつも思うほど。朝霧は、フジラー(造語)にとって見逃せない場所といえます。
そんなカメラマンより、もっと熱い人たちがいます。いつも森の陰の怪しげなところに車を止める彼らは、ほとんど移動せず、車から出る気配はゼロ。なんだか気持ち悪いので勇気を出して元夫が問うと、定点観測中の野鳥観察家でした。野鳥の魅力に私が気づいたのは、越してすぐのことでした。さえずりもしぐさも愛らしく、飽きることがありません。けれど、数が多すぎる・・・。散歩すると図鑑の中にいるようで、なんだか名前を覚えるのが不可能に思えてくるのでした。
もっとも興奮したのは、初めての春に出合ったオオジシギ(大地鴫)です。その日、いつものように散歩していた私は、牧草地の真ん中で思わず立ちすくみました。ジャジャジャジャジャッ!!と、頭の真上からすさまじい音が聞こえてきたからです。肩をすくめて仰ぐと、姿なし。歩き始めると、また同じ音がするものの、姿なし。「とうとう天の声が! それとも宇宙人からのメッセージ? いつかそんな日が来ると思っていたけれど、きゃあ♪ でも、意味が分からないや」と思いながら元夫に伝えると、「俺も聞いた」というので、あれれ? 確かめようと草地に戻ると、天空を舞う鳥を発見しました。
なーんだ、と思いつつ野鳥通の知人に聞くと、「草原で繁殖するオオジシギだね。ディスプレーフライトの時に急降下するんだけれど、羽根の風切り音がまるで雷みたいだったでしょ。雷シギとも言うんだよ」とのこと。気持ちよさそうに上空を縦横無尽に飛び廻っていますが、これほど見かけるのは珍しいとか。はるばる越冬地のオーストラリアから訪れるのは、すみかとなるススキなどの茂みや豊富な餌があるからで、改めて「自然が人や動物を呼び寄せる」ことに気づかされました。
そう、私もそこにひかれたひとりでした。
|