vol.46 2004年 1月 13日  『ゆったり暮らせば』 第18回

産経新聞 平成15年(2003年)7月31日 木曜日 12版 20頁
ゆったり暮らせば 第18回
〜執念のタイル貼り〜
「絶対にあきらめない」学ぶ


 平成十(一九九八)年のパリダカールラリーは、四輪のナビゲーターとして出場しました。バイクの時は長い髪を編んで走りますが、この時はバッサリとショートヘアに切りました。「ラリーのため?」と幾度も聞かれ、「シートベルトの邪魔にならないから」と答えましたが、この断髪、風呂場制作で生まれたものでした。素人ゆえ、モルタルの”コネ&盛り”を繰り返しているうちに、毛先にべっとりついてしまったのです。こんな染めもおしゃれかなと思いましたが、バサッ。その思い切りがよかったのか、ラリーも百二十台中三十五位で無事完走しました。

 さて、その砂漠でも気になっていたタイル貼り。私は一枚ずつ貼っていく昔ながらの工法に挑戦しました。手に入れた廃材のタイルは分厚い外壁用だったので、気合も入ります。水糸と水平器で床や壁の仕上がり面を確認しつつ、タイルに接着材(モルタル)を盛って並べます。モルタルが乾かぬうちに、はみ出した部分を取り去り、拭き、次のセメントをこね、タイルをカット。なにしろ生モノなので作業の中断は難しく、現場に入ると食事もままならぬ没頭状態となりました。

 自分で作った壁が誕生していくのは嬉しいものですが、”造る執念”がみなぎっていたのには、訳がありました。実は前年、その道のプロに「これじゃ水は流れない」と言われたのです。段差の複雑な設計と、中途半端な排水溝の位置が原因でした。ショックを受けつつも再度下地作りに挑戦し、自分では納得のいくところまでやりましたが、運命は仕上げのタイル貼りにかかっています。ミクロとマクロの目を使ってミリ単位の微調整をし、しかも美的感覚を折り込んで絵画を描くように壁に向かう様は、「まるで隅々まで神経が行き届いた”石庭”の庭師のよう」と自画自賛しつつ踏ん張りました。
 そして貼るのと同時に夢中になったのが、タイル切りでした。奮発して購入したダイヤモンドカッターが、まき割りに匹敵するような爽快感と奥の深さなのです。ハンドルを振り下ろす瞬間に「はっ!」と声を発して気合で切りますが、集中力が欠けるとただの「欠けタイル生産器」と化してしてしまうので、真剣勝負。後半は一辺が二センチの三角片まで作れるようになって、ちょっと職人気分でした。

 仲間の手助けもあり、ログ&露天風のお風呂場が完成したのは夏の終わり。湯船に浸かると、富士山の横には満月がぽ〜ん。排水溝に吸い込まれていく美しい水の流れに、思わず涙がちょちょぎれます。ここで学んだのは、やはりラリーと同じ「絶対にあきらめないこと」でした。不可能といわれてもどこかに突破口はあるはずで、自ら水になったつもりでやった下地づくり。腰は痛いけれど、満足感はかなりのものでした。それにしても、あれ以来どの町のどの建物に入ってもタイルの貼り方が気になってしまうタチに・・・。「うーむ、この職人はすごい」「ここ、手を抜いたな」という声がトイレから聞こえてきたら、それは私です。

何から何まで手作りのお風呂場小屋でポーズを取る山村さん=静岡県富士宮市 

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