2011年4月5日

■ 祈りと行動


 地震と津波と原発事故以来、世界中が日本にいろんな支援を送り続けてくれています。我が家にも昨年WIMAの女性ライダーの世界ミーティングでカフェに寄ってくれたドイツ女性からメールが届きました。放射能を心配しているので、「何か助けることはない? すぐに日本を出た方がよければ、我が家にくれば?」。フランス人の友人女性も「パリにおいで! いつでも受け入れOKよ」。ホントに涙がでます。「世界中が日本を見て、心配しているよ。そして、パニックを起こさず、災難を淡々と受け入れ、譲り合う姿にみんな感動している。私の知り合いでハイチ地震に遭った男性は、そのテレビに映る被災者の姿が信じられず、あれから興味を持って日本を調べまくっているらしい。歴史や文化やいろんな本を読んでいるって。きっとみんなそうじゃないかな。私は知っていたけれどね。技術や経済とかではなくて、日本人の強さや優しさがこれほど伝わることはかつてなかったかもしれない。被災は本当にカナシイことだけれど」。そう、カナシイことだけれど、真の国際交流をたくさん目の当たりにします。

 フランスのUTMB関係者の神田さんからは、こんなお便りが。「私たち、シャモニーの日本人会も、こちらで支援活動をしています。明日と明後日は、シャモニーの町の中で、焼き鳥とカリフォルニアロールを販売して、売上金を寄付する活動をするつもりです。また、シャモニー市も一万ユーロを日本の被災地に寄贈するということで、日本への支援活動は世界中に広がっています。こちらで歯がゆく感じていますが、皆さんがんばってください」。

 すぐにラリー関係者にメールを送ってくれたのは、私が現役だった頃にパリダカ主催者代表だったユーベル・オリオール(創始者のティエリー・ザビーネが亡くなった次の大会で、両足骨折しながら泣きながらゴールした、あの元ワークスライダーの彼です)。「日本の皆様へ。津波による大規模災害の被害にあわれた方、そして日本人全ての方にご多幸を祈ります。深い悲しみにお見舞い申し上げるとともに、明るい未来がきますようお祈り申し上げます」。日本が大好きで、幾度も来ていたから、本当に心配していると思う。リビアも大変な時ですが、日本のニュースが流れない日はないみたい。

 そして、このHPがご縁で知り合ったアメリカ在住のまりんばーさん(マリコさん)も、すぐに動いた! 「イベントで、サイレントオークション、BakeSale,それから義援金をお願いするコーナーを設けたのですけど、2時間弱で、10万円ちょっと寄付をいただきました。全部日本の復興のために送ります!それと平行してやってる千羽鶴プロジェクトも、ぼちぼち集まってきていて、明日は、小学校から高校まである私立の学校へ招かれたので、御礼を言いに行ってきます。たくさん寄付金を集めてくださいました。でも、被災地に千羽鶴を送るのは、迷惑なことだと思うので、どんな形で日本のみなさんに伝えるのかは、実のところ、まだ決めてないのです。でも、ただお金をいただくよりも、特に子供たちを巻き込んだ活動をしたかったので、鶴に寄付してくれた人の名前を一つ一つかいて、最低でも千羽になるまで、活動する、、という企画にしたのでした。寄付金をいただく他に、彼らの気持ちと日本との間に、何かしらのつながりを持っていただきたかったんです。あったかいアメリカ人がいっぱいいるんだなって、この活動を通して知る事ができたのも、私にとっては収穫でした。とある高校のフランス語の先生が、二クラスの受け持ちの生徒達に私たちの活動を呼びかけてくれたそうです。みんな、自分のおこずかいを出し合ってくれました。中には、スターバックスで飲みたかったコーヒーを我慢して、そのコーヒー分のお金を寄付してくれた生徒さんもいたそうです。そして、みんなが集めた分のお金に先生も足してくださり、寄付金と寄付してくださった人達の名前リストをいただいてきました。優しいみんなありがとう!!」。まりんばーさん、一人でも多くの日本の方々に、日本を応援してくれてる人達がたくさんいる事、だから負けないで!って思ってるアメリカ人がたくさんいることを知ってもらいたくて、ブログを書き始めたそうです。 おお、フェアリーだ!! 

 もちろん日本でもさまざまな団体や個人が、さまざまな方法で支援を考えている。それを知るだけでも、嬉しくて涙が出てきちゃう。アドベンチャーレースの草分けであり、今も第一人者の田中正人さん率いるイーストウインドは、すぐにサポートチームを立ち上げ、宮城県に物資を運搬し、ヘドロ撤去作業や連携調査など、出来うる限りの支援をし、4/1現在第13隊目が出勤しているという。「被災された方々は想像とは異なり、明るく元気に力強く生きていました。わざとそうしているのかもしれないけど、ともかくこちらが元気をもらえるほど明るくたくましいのです。避難所の秩序を作り、役割分担をし、周辺の避難所の状況を把握し、お互いの援助などをしていたのです。被災地の末端である避難所の人々はすでに有機的に動き始めていて、震災後 わずか1週間というのに再生へと自ら動き始めているのです。この凄まじい現実から目をそらさず、むしろ直視しようとしているように見えました。みな自分たちで力強く生きているという印象でした。だから僕たちみたいな外からの支援者は、そんな彼らが自由に動き出せるようにお手伝いすることなんだと思いました。」←以上『東方見聞録/新聞』より。

 そして同じく昨日、掛川の友人の情報で、「建築士会のひとたちが、市役所で避難所の仕切りの段ボールを大量に準備している。その段ボールには、絵や桜の花のメッセージが散りばめられて…なんて素敵な支援」とあった。スポーツライターの友達は、「子供たちに絵本、絵本」と奔走している。何が必要なんだろうと想像するのは難しいことなのですが、「相手のために」と悩む事は、力が湧いて来ますよね。かつてパリダカで強盗に会った日本人女性は、再会した時の開口一番は「歯磨きセット、現金なくて困ったあ(ガソリンも買えない)」だった。命があって、しばらくして必要なものって、想像しにくいけれど、とにかくみんなで手を取り合って乗り越えていくしかありません。もうすぐ春。もうすぐ花も咲いてきます。
 

シャモニーでは日本人会の方々が…
パリからはオリオールが…
おっとこちらは突然ですが、地震で壊れた富士宮の瓦たち!
 

  それにしても…原発事故は大変な事態になってしまいました。今後のことを考えると眠れない近隣の方々の心労は、計り知れません。大好きでご縁の深かった飯館の町も心配でなりません。黒沢監督は、「夢」の中でこれらのことを憂いていましたが、すごい。。。私にできるのは、「電気エネルギーに頼らない生活」に突入することと祈ることぐらいですが、今までの生き方を改めなければ、この被災者たちの悲しみが無駄になってしまう。

  祈りといえば、雑穀食ワールドの大師匠、大谷ゆみこさんの言葉↓です。

「福島原子炉の冷却をイメージし、抱擁のバリアーで包む
長い間稼働してきた原子炉に感謝の意識を送る。
核燃料に感謝の意識を送る。
原子炉の冷却をイメージし続ける。
原子炉を抱擁のバリアーで包み、放射性物質の拡散を 押し返すイメージをもつ。
放射能の飛散を包み込むほどの抱擁のエネルギーや心を合わせて送る
日本、そして地球を抱擁のエネルギーで包む
生命のつながりの中の存在としての自分を思い出す。
人類の反生命の価値観と行動によって苦しんでいる 母なる地球に「ごめんなさい」と誤る。
感謝の心で、日本列島と地球お母さんを包み込む。
日本列島を包み込むほどの抱擁のエネルギーを送り続ける。」

 そうだね。感謝して祈る。私たちにできることは、それだあ〜っ。 我々が生み出したものは、我々の祈りで鎮める助けをしよう。 今頑張らなくて、いつ頑張る。がんばれニッポン。 (やっぱり、この言葉になってしまうなー)。

 

ゴミ拾いの途中で見つけた「今年初めてのフキノトウ」です♪
 
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