vol.13 2002年 1月 17日  ふだん着でふら〜りと行く極楽浄土

日本人に生まれてよかったなと思えることが幾つかあります。寅さんの映画で笑えること。おにぎりとみそ汁と漬け物を食べられること。わびさびがあること。そして、温泉だらけの島であること。なにしろ銭湯が大好きで、温泉に浸かれるとあらば、コース変更をしてでも向かってしまう私です。けれど、幼少の頃にそんな環境も余裕もなかったので、おそらく初めて入ったのは、修学旅行とかそんな機会だったと思います。温泉宿に生まれたかったほど好きなので、今でも「掘り当てたい!」と密かに思っているのですが・・・。この単行本は、NHKの「ふだん着の温泉」という番組取材班が、今まで尋ねた全国各地の温泉のことをまとめたもので、私はその中で温泉賛歌を書かせていただきました。偶然ですが中に出てくる大分の「蛇ん湯」は、その昔、この番組のプロデューサーの方と温泉取材の時に教えていただいて、すっかり気に入ってしまったところ。小川にひっそり存在する一人用のちびちび風呂。なんと贅沢な!と驚嘆したものです。ああ、こんなコト書いていると温泉に行きたくなってしまいますう〜っ。

エッセイスター第12弾  「ふだん着の温泉」 KTC中央出版 1999年12月

シアワセな温泉取材も多い。ブルーガイド情報板の「温泉ベスト100選」では、東日本一位に輝いた秋田県乳頭温泉へ。

 私ほどいい加減な温泉マニアもいないと思う。かれこれ二十数年ほど通い詰めているものの、何処の何温泉に入ってどんな泉質だったか、とんと覚えていないのである。ただ、どれほど気持ち良かったとか、湯船でどんな話に花咲いたかとかは、よく覚えている。その後のビールのうまさとか、風の気持ちよさとか・・・・。私にとって温泉とは、まさにふだん着でふら〜りと行く極楽浄土である。
 温泉三昧の始まりは、十八歳だった。これまたふら〜りとバイクで出掛けた日本一周ツーリングの時だ。テントで震えていた乙女の心臓にも段々と毛が生え、とうとう寝袋ひとつで何処でもコロコロと寝れる体質になったことが大きい。野宿といえば銭湯。銭湯といえば温泉である。泊まるお金はないが、宿の湯船に浸かることを覚え、一年間の旅行の後半は、ほとんど毎日温泉に浸かっていた。浸かった後で再びバイクで走り始めると風邪をひくことも学習し、寝場所を確認してから近くの温泉に行くという旅になった。
 その多くは庶民的な温泉だったので地元の人も多く、町の世間話に混ぜてもらったりした。「この町に落ち着いて住みなさい」などと言われたこともある。旅の人とは最新情報の交換だ。とにかく裸の人間交差点は楽しくて、一度知ると止められない。本当になんて豪勢な旅だろう。もし日本に温泉がなかったら、その良さも半減するに違いない。世界を旅すると、いかにこの国の温泉事情が恵まれているかを思い知らされる。山よ、火山よ、有り難う。どうぞこの恵みをいつまでも――、と祈らずにはいられない。

 いろんな場所のいろんな温泉が好きだ。豪華で広くてというよりは、秘境の湯が好きな私は、山登りに時に出会うような露天温泉がお気に入り。湯船は小さくても大自然を眺めていると、この世に生まれてきたことの幸せを思う。日本一周から戻ってすぐに白馬の蓮華温泉に行ったことは、その後の温泉との付き合い方を決めたかもしれない。少々の歩きなんて構わない。更衣室が無くても、誰もいなければひょいひょい入ってしまう。大分県の山にある「蛇ん湯」は、一人しか入れない河原の質素な湯だが、ベストテンに入る面白さ。究極は自分の温泉を作ることかなと思えてくる。独特のぬるぬる感がある海浜温泉も、地球の不思議さが味わえるラジウム温泉も好き。泉質にこだわりは無く、狭くても古くても構わないが、私の絶対条件は清潔であること。幸福感に満ちた東北の蔦温泉は、いろんな意味で幾度も尋ねたい宿だった。
 いったい、今までどのくらい入ったのだろう。仕事先の宿が温泉ということも多いので、十日に一回は入っているだろうか。二十数年で約一千回!でも全国温泉マップを眺めると、一生かかってもその全てを味わうことはできないことに愕然とする。数ではなく、温泉も一期一会の思いで味わうべきなのだろう。それにしても、何故こんなにひかれるのか。もしかしたら、前世は温泉街の放蕩息子だったのかもしれない。



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