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一番思い出に残る道は?と聞かれたら、迷うことなく私は「あの道」をあげると思う。転ぶたびに、痛いのと切ないのとで涙が止まらなかった「あの道」。国ってなんだろう。希望ってなんだろう。戦争ってなんだろう。生きるって・・・。 エッセイスター第6弾 FSAE 1998年8月号 気がついたら、世界中の道を走っていた。距離を数えなくなって二十年もたつが、地球を二、三十周しているだろうか。その半分は、アフリカを中心とする砂漠だ。バイクで、あるいはクルマで走るその姿を撮った写真が、我が家の居間に二十点ほど掲げてある。自分の姿をうっとり眺める趣味はないが、やはり砂漠の走りは別格だ。理屈抜きでとんでもなく美しい。訪れた客人たちも、その赤い砂の魅力にためいきが漏れることしばしば。仕事の合間にそのパネルで一息つくことが、私の密かな楽しみでもある。
そもそもラリー競技の中で写真を撮ることは至難の技なのだが、それでも知人に頼んだりチェックポイントでカメラを取り出したりして、なんとかその姿をかたちにしてきた。けれど、どうしても撮れなかったある道がある。そして、今でも私はその道が忘れられないでいる。一九九七年の第十九回『ダカール・アガデスラリー』の十二日目の舞台となったマリとモーリタニアの国境の道だ。四百CCのバイクで出場していた私は、残すところ三日とあって、身体もラリーに慣れ、至極ごきげんであった。ルートブックの事前説明には、「クルマにとっては厳しいが、バイクには楽しい道になるだろう」とあった。 道が好きだ。道がある限り走り続けるだろう。しかしそれは、快適だから楽しいのではなく、その国なり町なりの人の顔が見えてくるから意味がある。人に触れることで、自分の魂を垣間見ることが、私の旅の原点なのだ。写真に収める余裕もなかったあの道のことを、たぶん私は一生忘れないだろう。
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